「はあ……はあ……こ、ここまで来れば……」

 授業などで使われることののない誰も居ない教室。なんのための教室かは解らない場所だけど、今のオレにはありがたい。
 オレは教室の扉を少し開け、顔だけを出して辺りを見渡し、誰も居ないことを確認して抱えていた柊さんを放す。
 床に座った柊さんは無言、無表情で小首を傾げオレを見つめていた。
 この人は……多分オレの正体に気付いてるんだよな……。
 思わず教室を飛び出して柊さんを抱えて来てしまったけど……何か考えがあったとかじゃないし、どうしたらいいかわからない。
 黙ったままオレを見つめる柊さん、オレ達以外には誰も居ない空間が静寂に包まれている。非常に気まずい。
 と、とりあえず……ほんとに正体に気付いてるか確認した方がいいか?
 オレは柊さんの正面に移動した。

「…………拉致監禁……?」
「ち、ちがうよっ!」

 突然喋ったかと思えば何を言い出すんだ、この人は……。
 拉致監禁って……確かに拉致ってきたようなもんだけども。
 ここは話を変えなければ――

「そ、そういえば柊さんは何年生?」
「…………琴葉」
「え?」
「琴葉……でいい……」

 あ、ああ……呼び方か。
 
「じゃあ琴葉さんは何年生なのかな?」

 オレは二年の教室が集まった廊下で琴葉さんを見たことが無い。無表情だけど、どこか幼い感じを与える顔をしているし、一年かな?

「……琴葉でいい」

 先程より若干眼を鋭くして言った。
 どうやら『さん』付けが気に入らないらしい。

「こ、琴葉は何年生?」

 三度目になる質問を投げかける。
 
「…………三年」

 そうか……三年か……

「――って、三年っ!?」

 同じか年下。上は絶対無いと思ってたのに……。
 人を見た目で判断しちゃ駄目ってことか……真奈美さんとかの例もあるしな。
 でも年上を呼び捨てってのは何か気が引けるなぁ……。本人がいいって言ってるんだからいいんだろうけど。
 まあ、そんなことより今は、

「あ、あの……実は、聞きたいことがあるんだ」
「…………?」

 琴葉の顔をまっすぐ見つめる。彼女も見つめ返してくるが無言、そしてピクリとも表情を動かさない。ただほんの少しだけ首を傾けたぐらい。瞬きすら一般人に比べて遥かに回数が少なそうだ。

「あのさ……もしかして、気付いてる?」
「……………」

 オレは勇気を出して聞いてみた。
 琴葉は顎に指を当て、なにやら考える素振りをみせた。それから、おもむろにスカートのポケットから何かを取り出した。
 それをオレに見えるように持つ。

「――うっ!!」

 その差し出された物を見て思わず呻く。
 琴葉が取り出した物……それは、ショウが売っていたオレの女装写真だった。
 これをオレに見せるってことは……か、確実に気付いてる!
 つーか琴葉も買ったのか……。

「あ、あの…………」

 写真に写っているのがオレだって解ってるのか尋ねようとした時、

「…………似合ってた」

 ボソッっと琴葉が言った。
 に、似合ってた? 似合ってた……過去形ってことは……完璧に気付いてるよな?
 これはもうアレだ……口止めするしかないな。

「あの……出来れば黙ってて欲しいのですが」
「…………」

 首を傾げる琴葉。
 ……ここで首を傾げる意味がわかりません。
 
「な、なんでもするから……どうか秘密に!」

 オレは手を合わせて頭を下げた。

「…………なんでも?」
「うん。なんでも! だから、このことは黙っててくれないか?」
「…………わかった」

 言って、琴葉はこくんと頷いた。
 
「あ、ありがとう!」
 
 オレは琴葉の肩を掴み感謝の言葉を伝えた。
 ちょうどその時授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「ヤッベ……遅れる! じゃ、ありがとう! 今度なんでも言う事聞くから!」

 オレは床に座ったままの琴葉にそう言い残し教室へ戻った。


 ☆ ☆ ☆

「どこ行ってたのー?」

 教室に戻るとすかさずルミナが話しかけてきた。
 オレは授業の用意をしながら答える。

「ん〜、ちょっとな」

 琴葉を連れ去ったところは目撃されてなかったようなので、それは助かった。もし見られてたら何を言われたことか……。

「それよりナオ凄いよ」
「なにが?」
「ナオの写真とか完売だって」

 楽しそうに話すルミナ。
 ……完売って……なんでそんなに売れるんだ?
 
「はぁ〜……」
「どしたの? 悩みごと?」
「悩みっつーか……まあ色々あるんだよ」

 そう言ってオレは机に突っ伏した。
 完売か……なんかショウに儲けさせてやったみたいでムカつくなぁ。
 そういえば……琴葉はなんでオレって気付いたんだ?
 なんでも言う事聞く、なんて約束しちゃったけど……どうしよう、無理なことお願いされたりしないよな……。
 

 放課後。
 帰る支度をして靴を履き替える。
 
「ナオ、今日は買い物してく?」
「そうだな……なんか食べたいものあるか?」
「あっ、ならボクも一緒に行きます」

 オレ、ルミナ、リルの三人で話をしながら校門を出る。
 今日はさくらと悠はバイト。家には戻らず学校からバイトに行った。
 さくらがバイトの日は大抵リルもバイトの日なんだけど月に一度くらい別々になる日もある。
 
「……鍋でもするか」
「鍋ーっ!」

 スーパーでメニューを考えながら食材を選ぶ。

「リル達も一緒にどうだ?」
「えっ、いいんですか?」

 鍋にする事に決めてリルも誘う。
 鍋は大勢で食べた方が楽しいからな。

「おう。たまにはみんなで食べようぜ。真奈美さんとかも呼んでさ」
「はいっ!」

 嬉しそうに返事をするリル。
 そんなに喜んでもらえるとオレも嬉しい気持ちになる。
 今日はなぜかルミナが料金を支払うというので、たまにはそれに甘えることにした。
 最近……オレよりルミナの方が稼いでるし、若干男としてのプライドが傷ついたりしたりしないでもない。
 オレももっと働こうかな……勿論、厨房でだけど。
 自分で考えた事に落ち込んだオレは先に店を出た。
 そして、出てすぐのところに――

「大坪公也様ですね?」

 メイドさんが居た。
 メイドさんの後ろには高そうな黒塗りの車が止まっていた。
 バイト先のメイド服とは違い本物感漂うメイド服に身を包んでいる。
 名前もそうだし、間違いなくオレに話しかけている。
 ……誰だ? オレにはこんな知り合い居ないぞ?

「そうだけど……誰?」
「ご一緒に来て頂きます」

 メイドさんはそう言ってこちらに近づいてきた。
 距離を保とうと一歩下がる。

「――がはっ!」

 その時、突然後頭部に凄まじい衝撃。 
 一瞬で意識が飛びそうになるのを堪えて振り向く。

「な――っ!!」

 そこにはオレの目の前に居たはずのメイドさんが手刀を振り下ろした状態で立っていた。
 
「な、なんで……」

 段々と意識が遠のいていく。
 メイドさんは表情一つ変えず、造作も無くオレを抱え上げる。
 
「ナオッ!?」
「ナオヤさんっ!」

 今、出てきたのかルミナとリルの声が聞こえる。
 オレは車に乗せられた……そこで完全に意識を失ってしまった。


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