なぜだろう……最近、やたらと視線を感じる。
 実は今日も、バイトが始まってすぐ誰かに見られているような感覚がしていた。
 それはショウや店に来た大量の男子共でもない。
 店内を見渡すが、それらしい人物は見当たらない。

「ねぇ、キミ」
「はい、なんでしょう?」

 その時、先程の伊橋先輩に声をかけられた。
 
「注文いいかな?」
「あ、はい。……どうぞ」

 伝票を取り出し、注文を聞く。
 先輩はテーブルに肘を置き、顎を指に乗せてオレを見つめてきた。
 ……なんで、いちいち見つめるんだよ。
 
「アイスコーヒー、ひとつ」
「アイスコーヒーをおひとつ……」

 復唱しながら伝票に記入する。
 
「それから……」

 言って、先輩はフッっと笑う。

「オムライス。ケチャップで『コウくんLOVE』と、キミが書いてくれ」

 キザな笑みで痛いことを言い出す先輩。

「は、はぁ……『コウくんLOVE』ですね。……コウくん?」

 確認した後、ふと、つぶやいてしまった。
 その瞬間、先輩は瞳を輝かせてオレの手を握り締めてきた。

康太こうた……僕の名前は伊橋康太。キミの人生にとって、もっとも大切な名前になるはずだよ」

 手を握ったまま顔を近づけて言う先輩……いや、こんな奴は伊橋で十分だ。
 正直……あんたの名前なんてオレの人生にとって無価値であることは間違いないよ。
 
「わ、わかりました……すぐお持ちしますので少々お待ちください!」

 早口に言って足早にキッチンへ立ち去る。
 背後から、

「そんなに照れるなんて……純情なんだね」

 とか言う、伊橋のつぶやきが聞こえてきた。
 ……うん。あの人とは、あまり係わり合いにならない方が良い。オレの直感がそう言ってる。いやマジで……。

「モテモテね〜」

 キッチンに入ると悠がニヤニヤしていた。
 
「うっさいわ……なんだよアイツ。危なすぎじゃないか?」
「確かに痛いこと言ってたわね」
「鳥肌立ったって……あまりにキモくて」
「出来たわよ〜ん」

 悠と話していると、蘭華さんが作ったオムライスとケチャップを持ってきた。
 オレは注文通り、オムライスにケチャップで文字を書き始めた。

「うわぁ……すっげぇ惨めな気分」

 注文だから仕方ないとはいえ……まさかこんな恥ずかしい文字を書くことになるなんて。

「うっ……ぷぷ……」

 そんなオレを見て、悠は口に手を当てて笑いを押し殺していた。
 書き終わって運ぶ。
 料理をテーブルに置き、カラまれる前に即効で離れる。
 その時……また視線を感じた。
 キョロキョロと頭を動かす。

「…………ん?」

 今……入り口の辺りで人影が見えた気が……。
 オレは入り口に移動する。
 そのまま外に出る。
 ……誰もいない? そう思って店に戻ろうと身体の向きを反転させた。

「…………」

 反転させる途中……店の壁に隠れて、こちらを覗き込んでる顔が見えたような……。
 その方向へ首を動かす。

「…………」

 居た。
 それは異様な光景だった。あまりの異様さに冷や汗が頬を伝う。
 そこに居た人物をオレは知っていた。
 昨日……剣道場で出会った柊さんだ。
 柊さんは壁に隠れ、頭だけを出してオレを見ていた。無表情だが、ほんのりと頬が赤らんでいるようにも見えた。

「あの……何をしているのでしょうか?」

 尋ねる。
 すると柊さんは一言……

「…………似合ってる」

 と、言った。
 ……似合ってる?
 ちょ――ちょっと、マテッ! 似合ってるってどういうことだ……それは、もしかして、オレが大坪公也であると知った上での発言なのかっ!?

「あ……あの……それって――」

 どういうこと……と尋ねる前に柊さんは壁の向こうに消えてしまった。
 慌てて追いかける。

「……い、居ない」

 だが、壁の向こうには既に柊さんの姿は無かった。
 なんだったんだ?
 まさか……最近感じてた視線の正体も彼女……なのか?
 オレは暫くの間、その場に立ち尽くしていた。


 ☆ ☆ ☆

「ただいま〜……」

 地獄のようなバイトも終わり帰宅。
 玄関に入るとルミナの物とは違う女の子物の靴が二人分並べてあった。
 リルとさくら、来てくれたのか。

「二人ともありがとー、ルミナはどんな感……じ?」

 言いながらルミナの部屋のドアを開ける。
 
「…………ご、ごめんっ!」

 開けたドアの先――そこには、服を脱ぎ、身体を拭いて貰っているルミナの姿が……。
 一瞬固まってしまったが、すぐに我に返り外に出てドアを閉める。
 
「や……やっちまった……」

 しかも、リルやさくらの居る時に……最悪だ。
 頭を抱えて座り込む。

「あの……もう、いいですよ」

 部屋の中からリルの声が聞こえる。
 良いと分かっていても恐る恐るドアを開ける。

「ご、ごめん……」

 ドアの間から顔だけ出し、謝る。

「別にいいよー」

 服を着たルミナが言う。
 でも、目を合わせてはくれなかった……ルミナだけじゃなくリルとさくらも。

「大坪くん」

 さくらがこちらを見ずに入ってくるように手招きする。
 
「し、失礼します」

 オドオドしながら入るオレ。
 布団に近づいて……何故か正座する。

「ぐ、具合はどうだ?」
「うん。結構良くなったよー」

 確かに、朝に比べれば顔色もだいぶ良くなっていた。
 横を見ると食べ終わった食器があった……ってことは食べれるようになったんだ。
 オレはホッと安堵の息を吐き出した。

「二人もマジでありがとう」

 二人に向きなおってお礼を言う。

「それより大坪くん」

 さくらが目を合わせないまま近づいてくる。
 
「な、なに?」

 若干恐怖を感じつつ返事をする。
 さくらは携帯を取り出し、なにやらボタンを押していた。
 手を止めたさくらがやっと目を合わせてくれた。
 そして――

「これ、なんですか〜?」

 言って、携帯の画面をオレに向けた。
 そこに写っていたのは……

「げ、げぼぇええええっ!!」
 
 オレはそこに写る……メイド服姿の女装した自分を見て、意味の分からない呻き声を上げた。
 な、なな、ななななんでそんなものがっ!?
 はっ――まさか――

「悠ちゃんから送られて来たんですけど……これってほんとに大坪くんですか?」
「ナ、ナオヤさん……本当なんですか?」

 目を合わせなかった理由はこれかぁ――――っ!
 
「こ、これは……その……」
 
 オレは焦って上手く喋れないでいる。

「やっぱり……そうなんですね」

 そんなオレを見て、さくらは確信したようだ。
 
「ナオって変態だったのー?」
「ちっ、ちがっ――これはお前の変わりにって店長が無理やり」

 オレは立ち上がって叫ぶように言い訳する。

「でも無駄に似合ってますよ〜。ねっ、リルちゃん?」
「はい……ナオヤさんって美人さんだったんですね」
「リルッなんで目を合わせてくれないのっ!?」

 その後、二時間程かけて全てを説明し、何とか納得してもらった。が、携帯の画像は消去してくれなかった。 


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