| 「はぁ〜……今日も学校か」 朝――、顔を洗うために洗面台の前に立つ。 蛇口を捻ると勢いよく水が流れてくる。だが、なかなか手をつけられない。 流れる水を眺め、立ち尽くしていると、 「えいっ!」 「どわぁっ!」 突然後ろから押され、頭から水に突っ込んでしまった。 後頭部から顔へ水が伝わってくる。 「つ、冷てぇ――っ!」 オレは叫んで水から離れる。 「あっはははは! ボ〜っとしてるからだぜー!」 オレを押した人物――、腰まで届くほどの金色の髪は朝の光で輝いている。ぱっちりとした ルミナは、そんなオレを見て腹を抱えて爆笑していた。 「あ、あれ……? 怒った?」 無言で見つめるオレにルミナは恐る恐るといった様子で話しかけてくる。 オレはやはり無言でルミナに近づいていく。 「や、やだなぁ……ほんの冗談だよ? そ、そんなに怖い顔しなくても――みきゃあっ!」 必死に弁解するルミナの頭を掴み、流れ続けている水の中へ押し込んだ。 暴れるルミナ。水が辺りに飛び散り、オレにもかかる。 「つ、つめたぁ――――っ! し、死ぬかと思ったぜー……」 開放されたルミナは肩で息をしながらオレを睨む。 パジャマまでビッショリと濡れてしまっていた。 「早く着替えないと風邪引くぞ?」 「な、何事もなかったかのように……」 信じられないものでも見るような目でオレを見るルミナ。そのあと、自分の身体を見る。 オレはルミナの身体から目を逸らす。 濡れた服がピッタリと張り付いて、身体のラインが完璧に 「き、着替えてくるね……」 顔を赤くして、両腕で胸を隠すようにして部屋に戻るルミナ。 「か、片付けよう……」 オレは水浸しになった洗面所を片付け始めた。 「……さ、寒い」 体を丸め、両手で自分を抱きしめるようにして呟く。 今年は秋がなかった。いや、ほんとそう。夏から一気に冬になった感じだ。冬になる前は今年は暖冬になるだろうと、どこの天気予報でも言っていた。実際は平年よりも気温は低いらしい。 ……どこが暖冬だよ、と文句の一つも言いたくなるような寒さだった。 「ナオヤさんって寒さに弱いですよね」 そう言ったのは隣を歩くリル。 リルは宇宙からやってきたルミナの幼馴染。小柄な身体で、身長はオレの胸辺りぐらいだろうか。いつも通り細くて長い綺麗な銀髪をリボンで結んでツインテールにしている。くりくりとした赤い瞳。瞳と同じ色のマフラーがとても良く似合っていた。 「うん……苦手」 オレは一言で返す。これだけ寒いと喋るのも嫌になる。 寒いのが苦手なオレには学校までの十数分の道のりが永遠の地獄にも感じられる。 「だらしないぜー!」 言って背中を叩いてくるルミナ。 オレは半目で睨み、 「朝から寒くなるようなことした所為で余計寒いんだよ……」 と、恨みのこもった声色で言う。 「な、なにかあったんですか?」 「水」 リルの質問に答えたのはルミナ。 「み、水?」 「うん。水遊び?」 なんで疑問系なんだ? つーか、あれは遊びだったのか……? 「大坪くんの家は朝から楽しそうですね」 そんな他人事な感想を口にしたのは、肩まであるふわふわと柔らかそうな黒髪、いつも優しい微笑を浮かべる咲嶋さくら。 さくらは隣に住んでいてリルの同居人。普段はその微笑から癒し的な存在なのだが、リルを溺愛していてリルにちょっかいをかける相手には恐ろしい気迫で容赦はしない……そんなお人だ。 「楽しい事なんて一つもないんだけど……」 さくらの感想に軽く反論。 「あっ、そうだ! これを見てください大坪くん」 着けていたマフラーを外して見せてくるさくら。 ピンク色のマフラー。……なんかさくらには合っている色な気がした。 「マフラー? 確か昨日までしてなかったよな……買ったのか?」 「違いますよ〜。これはですね……」 言ってチラリとリルを見る。 「なんと! リルちゃんが私の為に編んでくれたんです!」 叫ぶように妙に力を込めて言った。 オレはマフラーをよく見てみた。 「へぇ〜、すごい上手く出来てんなぁ。売り物みたい」 「うらやましいですか?」 「まぁ……あったかそうだよな」 「でも残念! リルちゃんは大坪くんではなく私に編んでくれたんですっ!」 凄く嬉しそうに自慢する。 夏の……海での一件以来、さくらはオレを目の敵にしてくるようになった。 最近、さらに激しくなってきた気がするし……。 「あ、あの……ナオヤさんにも作りましょうか? マフラー」 さくらの自慢に付き合っていると、リルが何故だか不安げな表情で聞いてきた。 「え……いいのか? それはすごいありがた――」 答えようとしたとき、なんだか恐ろしく強大な殺気を感じた。 殺気の元となっているであろう方向に顔を向ける。 「…………」 絶句。 さくらと――何故かルミナまで凄まじい形相でこちらを睨みつけていた。 …………こ、怖い。 「ナオヤさん?」 不思議そうに小首を傾げるリル。 「うん、いや……それほど寒くなくなった……かな? 何か悪いし……やっぱりいいよ」 オレは視線をキョロキョロと動かしながら断った。 「……そうですか」 途端、悲しそうな顔をするリル。 ああああ……なんでそんな顔すんの? 凄く悪い事した気持ちになるじゃないか。 「い、いや……あのさ、リルの作ったマフラー、凄く良いと思うんだよ? だけどオレには勿体無いというかなんというか……気持ちは嬉しいし、ほんとは欲しいとか――思ってるかもしれないし!」 焦ったオレはしどろもどろに捲し立てる。 ……何言ってんのか自分でも分かってない。 リルは ああ、もうっ! どうすりゃいいんだよ!? ☆ ☆ ☆ 学園に到着。 靴を履き替えて教室に向かう。 朝からの一連の事件でオレの体力と気力は既に限界が近かった。 何とかルミナ、リル、さくらの三人の機嫌を治すことが出来た。 …………なんか今日はいつもより疲れることが多い。まだまだ事件が起こりそうな予感 もする。 「…………ん? 何か騒がしくないか?」 教室が近づくにつれ、教室から悲鳴のような声や叫び声なんかが聞こえてくる。いつもうるさい我が二年E組の教室だが、いつもより格段に騒ぎが大きい。 「なにかあったんでしょうか?」 「行ってみれば分かるぜー!」 リルにルミナ。 教室の前に立つ。やはりいつもの数倍は中が騒がしい。 扉に手をかけ開ける―― 「いやぁぁぁぁぁ――――っっっ!!」 入ろうとしたと同時に、そんな女の子らしい悲鳴を上げて出てきた人物と衝突した。 「いってててて……大丈夫か――って悠か」 オレとぶつかった人物は同じクラスの須藤悠だった。 オレは倒れた悠に手を差し出し、 「悠でも、あんなに女の子らしい声出せるんだな」 「う、うるさいわねっ!」 その手を握り、立ち上がる悠。立ち上がった悠の背後に人影が現れた。 「……どうした?」 オレの手を握ったまま固まる悠。顔には冷や汗が流れていた。 悠はゆっくりと振り返る。 「――――ひっ!」 そして短い悲鳴を上げる。 「須藤……好きだあぁあぁぁぁっ!!」 叫びながら悠に飛びつこうとする変態――もとい同じクラスで、一応友達……そして、やっぱり変態の緋山翔。 「いやぁ――――っ!!」 「ぶげらっ!!」 そのショウを殴り飛ばす悠。 ショウが悠に告った!? 驚いた顔で顔を見合わせるオレとルミナとリル。 「今度は悠ちゃんですか? まあ、リルちゃんに手を出すのをやめてくれるならいいですけど」 悠の横に並んで倒れたショウを見るさくら。 その時、ゆらあっと気持ち悪い動きで立ち上がるショウ。 そして今度は―― 「咲嶋も大好きだぁ――――っ!!」 そう叫んでさくらに飛びつこうとした。 「うがあっ!」 さくらが避けたため顔面から床に激突するショウ。 「なあ……なんかおかしくないか?」 「ショウはいつもおかしいぜー!」 「いや、そうじゃなくて……そうだけど、いつもよりおかしくないか?」 「確かにそうですね……さくら達に襲い掛かるなんて普通出来ないですよ」 オレ達は小声で話す。 絶対おかしい。普段のショウなら悠やさくらじゃなくてルミナかリルにちょっかい出すはずだ。いや……よくよく教室を見渡してみるとみんなおかしかった。 他の男子も女子にまとわりついてたり、逆に女子が男子に迫ってたり……女子同士でイチャイチャしてる人も居る。 「やっぱり絶対おかしい!」 「う〜ん……これはさすがにおかしいかもね〜」 「みんな普通じゃないですよ!」 「どうしちゃったんでしょうか」 教室を見渡してそれぞれ感想を口にするオレ達。 「が、学園長室に行ってみよう!」 「うん!」 「はい!」 「悠も来い!」 「――えっ!?」 オレは悠を強引に廊下に連れ出した。 そしてルミナ、リル、さくらも加えた五人で学園長室を目指した。 |