八月に入り、さらに暑さを増している。
 最高気温は連日四十度近くまで上がる。
 テレビのニュースも毎日、猛暑だ熱射病に気をつけろだ、と同じ事を繰り返す。
 そんな動きたくなくなるような暑い日でも、ここにはワラワラと人が集まってくる……。毎日来る人間も一人や二人じゃない。
 何故かさくらもバイトをする事になって、リルにちょっかいを出すとさくらにボコボコにされるにも関わらず、人は増える一方だ。ボコボコにされた奴等も次の日には何事も無くまた店に来ている。
 さくらが手加減しているのか……いや、リルに何かされた時のさくらは本気だよな。ってことは奴等の回復力が凄まじいのか。
 ひょっとして……夏休みと何か関係でもあるのか? 夏休みだからいつもより体力が上がってるとか……もしくは、リルやルミナに会いたいというスケベパワーとでもいうべき物があるのかもしれない。
 学校で良く一緒にいるグループ全員で――ショウは補習でいないけど――バイトする事になって、何か夏休みって感じがあんまりしないんだよな。
 
「……何か少しは夏休みらしい事もしたいよなぁ」

 オレは皿を洗いながら呟いた。

「公也君……夏休みらしい事したいの?」
「うおわっ!? て、店長……気配もなく後ろに立つのはやめてください」

 振り返るとそこにはニコニコしている店長がいた。
 ……バイトを始めて大坪君から公也君に呼ばれ方が変わったのは慣れたけど、いきなり背後に居るのはいつまでたっても慣れない。

「公也君は夏休みらしい事がしたいのよね?」
    
 ニコニコと表情を変えることなく尋ねてくる店長。
 ……この人、さくらと同じ雰囲気がするんですけど。

「ええ……まあ」
「それならちょうどよかった! ちょっと話があるから仕事終わったら残ってて貰えないかしら? ルミナちゃん達にもそう伝えてあるから」
「え……はあ、解りました」
「ありがと〜、じゃあ仕事頑張ってね〜」

 そう言って店長はホールの方へ戻っていった。
 話ってなんだろう……?
 

 ☆ ☆ ☆

「ナオ遅いぜー!」

 営業時間が終わり、客の居なくなった店内。
 仕事が終わって急いで着替えて来たんだけど……ルミナ達は既に全員揃っていた。
 
「話って何ですか?」
「ナオー! 海だぜー!」
「……は?」

 椅子に座って店長に尋ねたとき、ルミナが言った。
 え……何? 海?

「それだけじゃどういう事か解らないでしょ〜、ルミナちゃん」
「ナオッ海っ!」

 店長がルミナに声をかけるが、ルミナはそれしか言わない、しかも何故か立ち上がって抱きついてくる。
 
「落ち着きなさいよっ! 話が進まないから」
「海ィ――――ッ!」

 リルがルミナを後ろから羽交い絞めにして強引に椅子に座らせた。
 なんなんだよ……海がどうかしたのか?

「実はね、少しの間海に出張しようかと思ってるの」

 戸惑っていると店長が説明を始めてくれた。

「出張……ですか?」
「そう、出張。海の家ってあるでしょ?」

 ……なんとなく読めてきたぞ。

「この店は蘭華さん達に任せて私達は海で稼ぐのよ。折角夏休みなんだし」
「はぁ……そういうことですか」

 それでルミナはあんなに大はしゃぎなのか。
 ん……? この店は蘭華さん達に任せる?

「蘭華さん達は行かないんですか?」
「そりゃそうよ〜。だってお店休みにするわけにはいかないじゃない」
「まぁ……そうですよね。いきなりですし」
「ってことでぇ〜、公也君には『海支店・料理長』の称号を与えるわっ!」

 と、店長は爽やかにとんでもない事を言ってきた。

「おめでとう、大坪君」
「ま、頑張って」

 さくらはいつもの笑顔で、悠は人事だと思って適当にそう言う。
 
「む、無理ですって! オレ一人でなんて……」
「大丈夫よ。メニューも普通の海の家と同じような物にするから、簡単よ」

 いくら簡単なメニューっていってもオレ一人とか……出来るのか?
 
「ナ、ナオヤさん! ボクも手伝いますからっ!」
「アタシも手伝うぜー!」

 オレが焦っている事に気がついたのかリルとルミナが手伝うと励ましてくれた。

「ナオー、だから海行こーよー!」 
   
 ……ルミナはただ海に行きたいだけっぽいけど。
 海の家っていうと……焼きそばとかそういう料理だけだよな? 出来るかな……。

「まあまあ公也君。深く考えないで。海の家なんて、たとえ料理が不味くても売れるものなんだから。それに衣装も特別なのを用意してるし。適当に見た目だけでもマトモにしてくれればいいわよ」

 不味い? 見た目だけ?
 そんな事を言われてちょっと……というか、かなり頭にきてしまった。

「何を言うんですか!? 見ててください。料理だけでも人が呼べるほどのものを作ってみせますからっ!」

 オレは立ち上がり拳を握った。
 
「じゃあ決定ね!」
「やったぁ〜海〜!」
「ふふ、公也君って案外扱いやすいのね」
「意外と単純なんですよ。アホともいいますね」

 店長の言葉に喜ぶルミナ。
 そのあとの店長と悠の会話は聞こえなかった。
 ……何か……上手い事乗せられた気がする。

「リルちゃん、早速明日にでも水着買いに行きましょうか。勿論私が着替えさせます」
「な、何でですかっ!? 自分で着替えるって!」
「ナオー! アタシも水着ー!」
「うわっ! 急に抱きつくな!」

 拳を握った体勢のまま動いて固まっていたオレにルミナが抱きついてきた。
 水着……そういえばオレも持ってなかったな。
 

 ☆ ☆ ☆

「リルちゃん、これなんかどうですか?」
「嫌ですよっ! そんな紐みたいなの!」
「リルにはこれがお似合いだぜー!」
「それスクール水着でしょーっ!」

 そんな訳で、水着を買いに来たわけだけど……こういう時ってオレどうするべきだろう。居場所が無いんだよな……かといって混ざったらただの変態だし。
 女の子ってホント買い物が好きだよな。それは地球も宇宙も関係ないみたいだ。
 オレなんかは適当に目に付いたものを買ってしまったんだけど。
 ルミナ達はまだ時間がかかりそうだ……。
 オレは近くの自動販売機で飲み物を買い、店の前のベンチに腰掛けた。
 勢いであんな事言っちゃったけど……今になって考えると本当にオレだけで大丈夫なのか心配になってくる。
 まぁ、それなりには作れる……と思うけど。

「はあ…………」

 自然と溜息がこぼれる。
 何か……最近のオレってネガティブに考えすぎなのかな?
 よしっ……悪いように考えるのはやめよう!
 夏休みだし、海に行けるってのは嬉しい事だよな。泊まる所とかは店長が用意してくれるらしいし、考えようによってはタダで海に行けるってことだからな。
 うん、意外とラッキーなんじゃないか?

「ナオーこれ似合うー!?」
「――ってバカ! そんなカッコで出てくるなっ!」

 叫びながら店内から水着姿でルミナがやってきた。
 その姿を見たオレは立ち上がって叫ぶ。
 白のシンプルなビキニだった。
 実はルミナって結構スタイルが良い。だからこいうタイプの水着も普通に似合う……似合うんだけど、正直目のやり場に困る。
 最近は暑いし、風呂上りとか薄着で居るから見慣れてるはずなんだけど……水着だと、また何か違うんだよ。なんて言ったらいいんだろう……解らないけど、とにかく何かいつもと違って直視出来ない。

「えへへ〜似合う〜?」

 くるくると回りながら聞いてくるルミナ。

「似合うから! さっさと店に戻れって!」
 
 周りにいる人たちから凄い注目されてるんだよ!
 早くここを立ち去りたい……。
 
「じゃ、買ってくるねー!」

 ルミナはそう言って店の中に戻っていった。
 ……てか、買ってもない物を着て外に出てきてたのかよ。
 ベンチに座りなおすが、まだこちらを見ている人がいて最悪な居心地だった。
 ルミナ達が買い物を追えて出てくるまでオレは亀のように縮こまって待っていた。


 ☆ ☆ ☆

「これと〜これと……コレも持ってかなきゃ」

 ルミナの前にはありえない程大量の荷物。
 ……それ全部持ってくには何個カバンが要るんだよ。

「そんなに必要ないだろ。コレに収まるだけにしろ」

 オレの分しかなかったから、今日水着と一緒に買っておいたルミナ用の旅行バッグを投げ渡す。

「え〜……全然足りないぜー……」
「普通はこれで十分なんだよ。お前は無駄なものが多すぎだ。このゲームやらおもちゃやらは置いていけ」
「え〜! みんなで遊ぼうと思ったのにぃー!」
「必要なしっ! とにかくそれに入るだけに減らせよ」
「ナオの鬼――――っ!!」

 駄々をこねるルミナをなだめながら荷物を減らし、何とかバッグに収まるまでになったのは、もう夜も遅くなってからだった。
 ……明日は朝早く店長が迎えに来るってのに。 
 
「明日が楽しみだぜー!」

 ルミナはまだまだ元気が有り余っている様子だった。
 色々と不安な事もあるけど……まぁ、みんなで買い物したりルミナを見たりしたせいか、オレも結構楽しみに思っていた。


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