「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」
「やっぱりリルちゃんはかわいいなぁ……」
「ありがとうございますっ! こちらへどうぞ〜」

 店にやってきたお客さんを席へと案内する。今のやり取りでも解るように、リルは働きだして数日……店でもトップクラスの人気者になっていた。
 人気があるということは、当然リル目当てのお客さんも居る訳で……

「ご主人様、店内での写真撮影は禁止ですよ」 

 携帯を取り出して自分に向けて構えていたお客さんにやんわりと注意をする。
 こんな事は一日に数えるのが面倒になるほど良くある。リルはそれを嫌な顔ひとつせずに注意するだけ。それって結構凄いことだと思う。悠なら問答無用で拳が飛んでくるだろうし。
 リルがお客さんの注文をとっている間に新しいお客さんが入ってきた。

「お帰りだぜー、ご主人様ー!」

 その対応に向かったのはルミナだった。
 あの口調はメイドとしてどうなのかと思う……店長や他の店員さんも最初の内は注意していたのだが……そのうち誰もルミナを注意しなくなった。

「ルミナちゃん、相変わらず元気だね〜」
「当然だぜーっ! こっちへどうぞー」

 と、まあ、それがかえって良いように受け入れられてしまったからなんだけど……。
 そんな訳でルミナもリルに並んで店の看板娘となっていた。

「ルミナちゃん、こっち向いて〜」

 ルミナが振り返る。
 そこにはカメラを構えたお客さん。

「はい、可愛く撮ってねー!」

 なんて良いながらカメラに向かってポーズをとるルミナ。
 この辺の対応がリルとは全く違う。リルは真面目に店のルールを守ろうとするし、ルミナは自分が楽しめるように働いている。
 そんな性格の全く違う二人だから同じようにそれぞれにファンがつく程に人気が出たんだと思う……多分。
 
「ワンフラッシュ五百円ネ」

 ルミナを撮影するお客さんの背後にいつの間にか立っていた悠がなぜか片言でそう告げる。お客さんも素直に悠に支払っている。
 何度言ってもルミナは撮影を許してしまうので、悠が『金払わせれば撮らなくなるんじゃない?』と言って、行動に移したんだけど……お客さんは撮るのをやめるどころか喜んでお金を払う。
 …………これって駄目なんじゃないのか? 法律とかそんなんで。
 店長も何も言わないし良いのかな……?
 いや、やっぱ駄目だろ……まぁ、オレが考えてもどうしようもない事だけど。

「ナオヤ〜ん、そんなトコでルミナちゃん達見てないで仕事してぇ〜ん」
「うわぁっ――!」

 厨房の入り口から店内を見ていたら、背後からいきなり声をかけられてビックリしてしまった。
 振り返ると……そこには厨房で働くオレの上司にあたる人が立っていた。
 上司……まぁ、この店のシェフって事なんだけど。彼は喋り方からも解るように、なんというか『ソッチ』のお方な訳で……。
 名前は『自称』、蘭華らんかさん。見た目むさ苦しいオッサンみたいなくせに店員には強制的にそう呼ばせている。
 本名は『カシューベルト・ジェミ・ハジャーミア』とか言うらしい……つまり、宇宙でオレに身の危険を感じさせた、あの『ジェミさん』の弟で、れっきとした宇宙人だ。
 この人も兄と同じく……オレの事を気に入ってしまったらしい。
 ……悪夢のようだ。
 オレはその事実を知って、早くもバイトを辞めたいと……心の底から思っている。

「注文が溜まってるんだからさっさと厨房に戻るわよ〜。ワタシが手取り足取り腰取りで全部教えてあげるからね〜ん」

 そう言ってオレの襟首を掴み引っ張る蘭華さん。
 ――こ、腰取りってなにさっ!? 腰取りってなにさ――――っ!?

「さ、行くわよ〜ん」
「い、いやだぁぁぁぁ!」

 ホンキで辞めようかな……コレさえなければ料理も上手いし良い人なのに……。
 その時、こちらを見ている店長を見つけた。
 
「て、店長ったすけ――」

 オレは店長に助けを求めた。
 しかし、店長は笑顔で手を振るだけだ。
 ……最悪だ。
 オレはそのまま厨房に引きずり込まれた。

 それからは地獄のような時間だった……。
 背後から抱きしめるように手を回されながら料理を作る。その間、蘭華さんはなぜか常に腰を振っていた……高速で。
 今日、教えてもらった事なんてほとんど頭に入ってない。


 ☆ ☆ ☆

「今日も楽しかったね〜」
「…………今日も貞操は守れた」
「ナオヤさん……疲れてますね」

 家に帰ったとき、オレはもう何をする気力も無かった。
 ルミナは元気がありあまってるみたいだ……コイツは仕事も遊びみたいに楽しんでるから疲れないのかな?
 今日の晩ご飯はそんなオレを気遣ってリルとルミナが二人で作ってくれた。

「そういえば……明日で一週間だよな」

 ご飯を口に運びながら言ってみた。

「そうですね。いつ戻るかは聞いてないんですけど」

 リルが答えてくれる。
 さくらはリルを預けたとき、一週間家を空けると言っていただけで時間までは言わなかったからな。
 さくらが返ってきて自分のためにリルがバイトを始めたなんて知ったらどんな反応するんだろうか……感激して泣いたりして。

「リルー、おフロ入ろー!」

 食べ終わったルミナがリルをお風呂に誘う。

「狭いんだから一人ずつ入った方が良いと思うんだけど……」
「それじゃつまんないじゃ〜ん! 一緒に入ろうよ〜!」
「わ、分かったからボクの髪で遊ばないでっ――」

 ツインテールにしている銀髪を掴んでくるくる回すルミナにそれ程嫌がってはいない感じでリルが了承する。
 この一週間でルミナとリル、二人の関係もかなり良くなってきた。
 喧嘩の数は減ったし、今みたいに一緒に風呂に入ったり食事を作ったりする。  
 ……まぁ、元々仲は悪くなかったんだろうけど、多分この一週間が無かったらこんな関係にはなれなかったんじゃないかな。

「おフロで大きいプリン作ったらどうなるのかな? きっと食べても食べてもなかなか減らないよ! それってしあわせだぜー!」
「バカな事をするのはやめなさい。そんなことしたらお風呂入れなくなっちゃうでしょ」
「そっかー、そうだねー!」

 今の二人を見ると仲の良い姉妹の様だ。バカなことをするルミナをあまり怒った様子もなく優しく注意するリル。
 ……どうみてもルミナが妹でリルがお姉さんだな。
 それよりルミナ、風呂でプリンは作れないと思うぞ。

「良いお湯だったぜー!」

 少しして風呂から上がってきたルミナは言いながら冷蔵庫からお茶を取り出す。
 キチンと拭いてないからか髪から水滴がポタポタと落ちる。

「だぁ〜! 髪を拭け髪を!」
 
 あれだけ長い髪だと拭くのも大変かもしれないけどさ。
 
「そうだよっ! ちゃんと乾かさないと風邪引くよ?」

 続いてリルもやってくる。
 リルは頭にタオルを巻いていた。

「だって暑かったんだもん〜!」

 ソファーに座ってお茶を飲みながら口を尖らせるルミナ。
 夏だから暑いのは解る。リビングはクーラーで涼しいし早く来たかったのも解るけど。

「だからって適当に拭いた上から服着るなんてっ!」
「あはは〜、まぁそのうち乾くぜー!」

 最近は女の子らしくなったと思ってたのに所々いい加減なトコがあるな。
 リルは風呂場から持ってきたタオルでルミナの髪をドライヤーで乾かし始めた。
 ルミナはテレビのリモコンを取りチャンネルを変えている。
 ……リルはお前の侍女じじょか? 
 
「はい、終わり」
「リルありがとー」

 ルミナの髪を乾かしてから自分の髪を乾かし始める。
 今まで見たこと無くて、リルを預かった日に始めて見たんだけど、リルは髪を下ろすとルミナと同じぐらいの長さになる。髪と瞳の色は違うけど並んでると本当に姉妹に見えなくもない。
 ……そんな事は置いといて、オレもさっさと風呂に入って寝ようかな。
 
 ――って、少なっ!?
 服を脱いで風呂場に入ると、浴槽に残る湯が半分以下になっていた。
 お湯の少ない風呂に入ると何故こんなに悲しい気持ちになるんだろう……。 


 ☆ ☆ ☆ 

 バイトの休憩時間。
 飲食業だし、全員が一気に休憩に入るわけにはいかないから交代制だ。
 オレは服を着替え、ご飯を持って空いている席に座った。
 その時だった――

「キミ達可愛いね〜、俺らと遊ぼうよ」
「は、離してくださいっ!」
「ちょ、痛いってば!」

 リルとルミナが妙な……というか、どこから見てもあからさまな不良三人組にからまれていた。
 ホントああいう奴等って迷惑だよな。ルミナ達も店じゃなかったらあんな奴等即効で叩きのめしてるだろうに……でも、今はバイト中。下手に手を出すとヤバイ。
 だから、

「おい、不良A〜C。嫌がってるだろ、離せよ」

 休憩中で普通の格好をしてるオレが他人のフリして助けなきゃな。
 本当は喧嘩なんて嫌だけど、もう二度とそういう事はしたくなかったけど、この場合仕方ないよな。

「なっ……A〜Cだとぉ……ふざけんな!」
「テメェ、ナメてんのかぁ!?」
「ブッ殺すぞっ!!」

 三人とも、わかり易いセリフで突っかかってきてくれる。
 あとは『穏便に』お帰りいただくだけだ。
 
「お――――」
「うぎっ!?」

 言葉を発しようと思った瞬間、オレの背後から伸びてきた腕が不良のリーダーらしき男の顔面を鷲掴みにした。
 …………これって……もしかして……。

「不良A…………貴方のその汚らわしい手でリルちゃんに触った事……後悔させてあげますよ」

 不良の顔面を掴んだ人物……多分、さくら。
 多分てのはオレの背後から感じるオーラがあまりにも恐ろしくて振り向けないからだ。
 そのさくら(多分)が地の底から聞こえてくるような低く冷たい声でそう言ったあと、顔面を掴む手に力を込める。

「あ……が…………」

 ボキボキと恐ろしい音がして、不良は口から泡を吹き出した。
 その不良を残る二人に向かって投げ捨てる。

「ひ、ひぃ――――っ!」
「に、逃げるぞ!」

 悲鳴を上げながら不良達は脱兎のごとく去っていった。
 
「帰ったら家に居ないから、探しましたよ〜」

 不良達が去ると恐ろしいオーラは消え、やっとの事で振り向いたオレにさくらはいつもの笑顔で言った。

「あ、ああ……何かバイトすることになっちゃってな」
「さくらっ!」

 オレが答えると同時にリルがさくらに声をかけた。

「…………」

 返事が無い。どうしたのかとさくらの顔を見ると、目を見開いたままリルを凝視していた。

「さ、さくら?」
「萌えぇえぇぇぇぇ!!」
「ひっ――――!?」

 リルが声をかけると同時にそう叫ぶさくら。
 リルもいきなりの事にビックリしていた。

「なんなんですか!? その可愛らしい姿は! もう可愛すぎますっ! 萌えです萌え。メイドリルちゃん萌えぇ――――っ!」

 さ、さくらが壊れた……。
 リルを抱きしめて叫ぶさくらは何かちょっと頭がアレな感じです。

「リルちゃんがバイト!? 店長さんホントですか?」
「ええ、本当よ」

 いつの間にか現れていた店長に尋ねるさくら。

「リルちゃんを働かせるなら私も雇ってください!」
「あなたみたいな可愛い子は大歓迎だけど……どうして?」
「決まってるじゃないですか! リルちゃんの可愛い姿をずっとそばで見るためです! それにさっきみたいな事があったときに守るためですっ!」
「そういう事ね。いいわよ〜」

 なんかすっげぇ理由だな。
 
「え……えぇっ!?」

 リルも展開についていけてない。

「にゃははー、さすがさくらんだぜー!」

 ルミナはそんな状況を見て笑っていた。
 ……夏休みはまだ始まったばかり。
 何か、結局みんなバイトする事になってしまった。


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