悠は扉をノックし、未来の部屋に入った。

「未来ちゃん。ご飯出来たよ〜」
「あ……ありがとうございます」
「いいっていいって、そのままで」

 先程までの翔に接していた時とは明らかに違う態度だった。
 布団から出てこようとする未来を手で制して布団の傍まで行き、お盆を置く。
 未来もそれに従って布団から身体だけを起こした。
 
「ふ〜……ふぅ〜……はい、あ〜ん」
「あ、あの……自分で食べられますから」

 おじやをスプーンですくい、息を吹きかけて冷まし未来の口元へ運ぶ悠に未来は恥ずかしそうにしながら言った。

「遠慮しないでっ、ほら、あ〜ん……」
「べ、別に遠慮って訳じゃ……あ、あ〜ん」

 熱の所為なのか恥ずかしいからなのか、顔を真っ赤にしながらも未来は口を開け、スプーンのおじやを食べた。
 それを見る悠はどことなく嬉しそうな顔をしている。
 一度食べさせて満足したのか、悠はスプーンを未来へと手渡した。
 スプーンを受け取りおじやを完食した未来はお盆に載っていた薬を飲む。

「あの……色々とありがとうございます。おいしかったです」
「よかった〜! じゃ、熱測って」

 お礼を言う未来に、やはりどこか嬉しそうな顔で悠が体温計を渡す。
 
「ひとつ……聞いてもいいですか?」

 体温計で熱を測りながら未来が悠に問いかけた。

「ん……何?」
「あの……あなたは」
「悠でいいよ」
「悠さんは、その……翔君の彼女さんですか?」

 その質問に一瞬キョトンとする悠。
 
「な、な、な――――」

 否定しようとするが、なかなか言葉が出てこない。
 そして耳まで真っ赤になっていた。

「そんな訳な――」
「実はそうなんだっ!!」

 悠が答えようとしたその時、そんな言葉と共に翔が部屋に入ってきた。

「はぁっ!? あんた何言って――てか、いつから聞いてたの!?」
「それは『あ〜ん』の辺りから」
「あたしがこの部屋に来てすぐじゃない! 何盗み聞きしてんのよ!」
「いたいいたいっ! いいから……ちょっとこっち来てくれ」

 翔は文句を言いながら頭を叩いてくる悠の腕を掴むと、そう言って未来から距離をとる。
 未来に聞かれるとまずい事なのか、翔は悠に顔を近づけるようにとジェスチャーで伝える。
 あまりに必死な様子の翔を見て悠もそれに素直に従った。

「な、何よ……? さっさとさっきの事、訂正しなさいよ!」
「実はそれなんだけど……俺の彼女って事で話を合わせてくれないか?」
「はぁっ!? 何でっ!?」

 いきなりそんな事を言う翔に怒っているのか嫌がっているのか、それとも驚いているのかよく解らない顔を向ける悠。

「アイツ、実はさ……超が何個付いても足りないぐらいのブラコンなんだ!」
「ふ〜ん」
「その『コイツ、何妄想してんの? それなんて脳内妹?』って目はやめてくれ! マジなんだよ……昔から俺のお嫁さんになるとか言ってんだよ!」
「可愛い妹じゃない」

 なんの感情もこもってない声で悠が感想を言う。

「真面目にきいてくれよ……。それが冗談なら可愛い妹で済むかもしれないけどさ、アイツの場合、本気なんだよ! それも変質的に!」
「なんでそう思うの?」
「昔、朝にキスで起こされた事があんだよ、しかも口に! 俺の初キス、妹だぞ! 最悪だよ。次の日からアイツより早く起きるようにしたんだ……そしたら今度は起きると俺の布団で寝てたりするんだよ! 普通じゃないだろっ!? それから学校から帰ってきて俺の部屋に入ったら血の繋がった兄妹モノのエ○本が大量に置いてあった事もあるぞ!」
「…………それ、なんてエ○ゲ?」
 
 悠は早口で捲し立てた翔に、完全に引いた様子で一言だけそう言った。

「引かないで!? 俺はノーマルだから! それから、女子高生が普通にエ○ゲとか言うなっ!」
「だって、そんなの普通引くって……さすがあんたの妹ね。やっぱりまともじゃなかったか」
「だから俺はノーマルだから! 俺に彼女が居るって解ればアイツも少しは大人しくなると思うんだ。協力してくださいお願いします」
「……お昼一週間分」
「え?」
「協力してあげるから、これからお昼一週間奢りなさい」

 それを聞いて悩む翔。
 今、自分で色々言った所為で混乱気味の翔の頭の中では悠に一週間飯を奢るか、それとも妹と結ばれるかの二択しかなかった。
 別に妹と結ばれる必要は無いのに……だが、思い込んだら一直線。それが翔という人間だった。

「別にあたしは良いんだよ? 否定しても、このまま帰っても」

 混乱する翔に追い討ちをかける悠。
 彼女は翔の様子を見て、奢ってもらえるのを確信したような笑顔だった。
 
「翔君、何話してるの? 二人ですっごく怪しいんですけど……」

 さらに未来の言葉。

「……奢ります。だから協力してください!」

 もう翔はそういう事しか出来なかった。


 ☆ ☆ ☆

「紹介するよ、未来。俺の『彼女』の須藤悠さんだ」
「どうも。ショウの『彼女』の悠です」

 内緒話から戻った二人の第一声がそれだった。

「何ですか、その自己紹介は……スゴイ怪しい」

 未来は二人にいぶかしんだ目を向ける。
 あの紹介の仕方は誰が見ても怪しいだろう。
 普通に言えばいいのに彼女という単語を強調しすぎだ。

「怪しくなんかないぞ!? 今日は風邪のお前に代わって飯作りに来てもらったんだ」 

 焦りすぎて説明口調になっていた。
 未来は物凄くジト目で悠を見つめていた。

「まぁ、どっちでもいいけど。本当だろうが嘘だろうが翔君に彼女なんて認めないから」
「み、認めないって……」
「お前何言ってんだよっ!?」

 今まで半信半疑だった悠も未来のその言葉で翔の言っていた事が本当だったんだと解った。
 さっきまで良い子な未来だったが、悠が翔の彼女だと言ってから急に彼女の口調は攻撃的なものになった。

「翔君のお嫁さんになるのは私なんだからそんな女必要ないでしょっ!?」

 翔に向かって怒鳴るように言う未来。

「そんな……女?」

 悠の額に青筋が立った。
 一応自己紹介した時の顔のままだが明らかにイラついている。

「あっははは! そんな女に大好きなショウ君を取られるんだよ?」

 言いながら翔と腕を組んで、彼の腕を自分の胸に押し付けた。

「うおっ……これは」

 ニヤけた顔になる翔。
 悠は未来を見つめて勝ち誇った顔をしている。 
 
「翔君、何ニヤニヤしてるの!?」
「俺……今、幸せ……」

 翔は焦点の定まらない瞳で遠くを見つめ呟いた。
 
「くっ……翔君から離れてっ! 翔君に抱きついていいのは私だけなんだから!」
「え〜……でも翔は離れたくないみたいだけど? それに未来ちゃんのその貧相な体でこの男を満足させられるかしら!?」 
「ひ、貧相!? こ、これから成長するんだもん!」
「そうね……夢を見るのは自由だモンね」
「そ、そのバカにしたような言い方は何っ!? 夢じゃないもん!」

 目に涙を溜め、今にも泣き出してしまいそうな未来。
 それにしても、悠……いくら頭にきたとはいえ小学生相手に大人気ない。
 
「う……ひっ…………」

 未来は袖で涙を拭い、鼻を啜りながら泣くのを必死に耐えている。
 そんな未来を見て悠も少しばつの悪そうな顔になった。
 部屋が沈黙に包まれた。

「う、うへへへへ」

 その重い空気を打ち破ったのは翔の気持ちの悪い笑い声だった。

「シ、ショウ? あんた……どうしたの?」
「……し、翔君?」

 悠と未来、二人同時に翔に声をかける。
 悠は気味悪そうな、未来は心配そうな顔で。

「う、うへへ……須藤ぉ……」
「な、なによ?」
「す、すすす好きだぁぁぁ――――っ!!」

 いきなり叫びだし、悠に抱きつこうとする翔。
(チッ、気が触れやがったか……。ここで何時ものように殴ってしまえば奢りの話もパァになっちゃうし、でも抱きつかれるのは絶対嫌! だってコイツ気持ち悪いもの。いつにも増して気持ち悪いんだもの。これはもう仕方ないよ、うん)
 翔に抱きつかれる一瞬の間にそこまで考えた悠は何の躊躇いも無く、

「もうあんたとはやってられへんわぁ――――っ!」
「うへぇっ!!」

 胡散臭い関西弁のツッコミ、それと共に全力で翔を殴り飛ばし、外へ飛び出していってしまった。
 部屋に残されたのは気持ちの悪い笑みを浮かべながら失神する翔と、唖然とそんな彼と悠が飛び出していった扉を交互に見つめる未来だった。

「やっぱり恋人じゃ無かったんだね……翔君には私が居るんだから当然だよね」
「うへへぇ〜」

 未来は呟きながら翔の悠に殴られた頬をさすった。
 翔は失神しながらも気持ち悪い笑い声をあげた。  
 そんな二人はもう……どこからどう見ても変態的な兄妹だった。

 後日、自分に対する悠の態度がよそよそしくなったと嘆く翔の姿があったという。


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